労務管理コラム

IPO(上場)労務審査で指摘を受けやすい「勤怠とPCログの乖離」にどう対処すべきか

2024.03.12

IPO(上場)労務審査で指摘を受けやすい「勤怠とPCログの乖離」にどう対処すべきか


【1】IPO(上場)労務審査で「勤怠データとPCログの突き合わせ」を求められる理由

厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」とは何か?

厚生労働省は、労働時間の適正把握について公的なガイドラインを定めています。このガイドラインでは、労働時間の把握方法について法的に認められるための具体的な条件が列挙されています。まずは原則的な方法についてご紹介します。

(1)始業・終業時刻の確認及び記録  
使用者は、労働時間を適正に把握するため、労働者の労働日ごとの始業・ 終業時刻を確認し、これを記録すること。 
(2)始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法  
使用者が始業・終業時刻を確認し、記録する方法としては、原則として次のいずれかの方法によること。
ア  使用者が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること。  
イ  タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録等の客観的な記録を基礎として確認し、適正に記録すること。

(2)アの「使用者が自ら現認して記録する方法」「労働者は使用者の目の届く範囲に必ずいる」ということを前提とした原始的な方法であり、あまり現実的とはいえません。

(2)イは「客観的な記録方法」です。ただし、現代社会でタイムカードを客観的記録と呼ぶのは無理があると思いますので、ここは入退室デバイスによる管理またはPCログをそのまま労働時間として採用する場合を指していると考えられます。オフィスワークの場合は、採用可能だと思います。

さて、一般的に議論となるのは以下の(3)です。上記の原則的な方法が難しく、自己申告制によりこれを行わざるを得ない場合に以下の措置をとるよう定められています。(読みやすくするため、内容を要約しています。)

(3)自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置
ア  残業申請する労働者に対して適正に自己申告を行うよう十分な説明を行うこと。 
イ  管理者に対して、適正な運用とガイドラインの趣旨について十分な説明を行うこと。 
ウ  労働者が申請した労働時間が、実際の労働時間と合致しているか、実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。

入退場記録やパソコンの使用時間の記録が、自己申告時間と、著しい乖離が生じているときには、実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること。

自己申告できる時間外労働の時間数に上限を設け、 上限を超える申告を認めない等、労働者による労働時間の適正な申告を阻害する措置を講じてはならないこと。

時間外労働削減のための社内通達や定額残業代(みなし残業代)などの措置が、適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに、当該要因となっている場合 においては、改善のための措置を講ずること。

一方、世の中のほとんどの会社では勤怠管理システムが使われており、その多くは「残業の申請ワークフロー」を利用しています。
勤怠管理において「残業の申請ワークフロー」を利用する会社は、おおむね(3)に該当し、結果として主たる勤怠記録の他に「必要に応じて実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をする」という必然性があるということになります。直接的にはこれが「勤怠データとPCログの突き合わせを求められる理由」と言っていいと思います。

東京労働局の是正指導・勧告実績に見る勤務実態調査の重要性

令和5年10月31日に公表された令和4年度の東京労働局の資料によると是正指導対象事業所数と指導内容の内訳は以下の通りです。(是正指導実施事業場4,673 事業場のうち、労働時間の把握が不適正なため指導したもの1,044事業場

① 始業・終業時刻の確認・記録違反 580事業場
② 自己申告制の説明 62事業場
③ 実態調査の実施違反 448事業場
④ 適正な申請阻害要因 23事業場
⑤ 管理者の責務の排除 13事業場

上記の通り、①始業・終業時刻の確認・記録違反③実態調査の実施違反が突出しているのがわかります。このデータからも、企業にとって実態調査がいかに難易度が高く取り組みにくい課題であるかということがよくわかります。

【2】IPO(上場)労務審査でPCログは絶対なのか?

PCログは労働時間の推認にあたり重要な参考データとなりうる

厚生労働省労働基準局が、局内通達として労災補償課長向けに出した「労働時間の認定に係る質疑応答」の文書があり、そちらには以下のような記載があります。

(労災事故が起きた場合の調査の留意点)
タイムカード、出勤簿、業務日報、自己申告記録、事業場への入退場記録、警備会社からの警備記録、開錠記録、パソコンの使用状況のログ、ファックス、メールの送信記録等の客観的な記録を収集すること。また、請求人、事業場関係者からの聴取等により、所定始業時刻前に被災労働者が労働に従事した内容、被災労働者の状況・様子、在社状況、所定始業時刻より前の時間帯に被災労働者が労働することについての使用者からの指示や命令及び使用者の認識、使用者から労働することを義務付けられ、又は労働を余儀なくされていた状況の有無等を確認すること。

この記載を見ると、労災事故発生時の労働時間の認定について労働局の担当官は、かなり慎重に周辺情報を収集し調査する姿勢がうかがえます。
また、以下は労働時間の認定に関する参考判例です。

【令和元年6月28 日付け東京地方裁判所判決】(争点:割増賃金請求)

(論点)所定始業時刻より前の時刻にパソコンのログの記録があるが、どちらを始業時刻と評価すべきか

(判決概要)
原告(労働者)は、被告(使用者)において本件業務に当たってきたものであるところ、その業務の性質上、パソコンを多く利用する業務であったことは前記認定のとおりである。

被告においては週初めの午前8時30 分から朝礼が行われていたところ、ログ記録は、内容的にもこうした事実に多く沿っているとみることができるほか、グループウェアのタイムカード記録(出勤記録)との齟齬もほぼ認められず、むしろ、ごくごく断片的証拠ではあっても、被告の業務に係る画像データや動画データの更新日時との符合も認められる。(中略)・・・他に的確な反証のない限りは、ログ記録を手掛かりとして原告の労働時間を推知するのが相当である

もっとも、始業に際しては、一般に、定時に間に合うよう早めに出勤し、始業時刻からの労務提供の準備に及ぶ場合も少なくないから、ログ記録に所定の始業時刻より前の記録が認められる場合であっても、定時前の具体的な労務提供を認定できる場合は格別、そうでない限りは、基本的に所定の始業時刻からの勤務があったものとして始業時刻を認定するのが相当である。

IPO(上場)労務DDをやっていると「始業時刻より前にPCログがある場合はどうすればよいのか?」というお問合せをたくさんいただきますが、上記の通り、PCログは勤務実態をあらわす手掛かりにはなりますが、労働時間の認定にあたっては、まさに実態として労働があったのか?あったとして、それは使用者からの具体的指示なのか、あるいは労働を余儀なくされた特段の事情があったのか?といった点を総合的に考慮して判断されます。
なお、上記文末にある通り、単に通勤調整のために早く来ている場合などは、労働時間にはあたりません。ただし、実際に業務を行い、それを使用者が黙認しているような場合は労働時間になる可能性があります。この点、会社のルールをしっかりと作っておき、労働者に周知しておく必要があると考えます。
始業時刻前の打刻については以下のケーススタディでもご紹介しておりますので参考にしてください。


始業前に打刻が記録されている場合、勤怠システムによる「始業丸め」は未払い賃金の対象になるのでしょうか?

当社の勤怠システムでは、始業前に出勤打刻した場合、所定始業時刻に丸められるよう設定されています。労働時間については1分単位で支払う必要があると認識しておりますが、「始業丸め」の設定は未払い賃金の対象になるのでしょうか?

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IPO(上場)労務審査においては、かなりの確率で指摘される

法的な整理をすると前述の通り、PCログは重要な参考データにはなるもののイコール労働時間ではありません。ただし、IPO(上場)労務審査においては、かなりの割合でPCログとの突合による勤務実態の確認を求められると思った方がよいでしょう。
特にエンジニアを要するIT系の会社や、テレワークを採用している会社においては、審査サイドも潜在的な長時間労働に対して、警戒心を強く持っているような印象を受けます。会社としては、そうした事情を鑑み、積極的かつ事前にこれらの突合作業ができる体制を構築しておく必要があるでしょう。

【3】勤務実態に関するPCログの種類とは

PCログと一言で言ってもログにはさまざまなイベントログがあり、PCの状態によってログの記録方法は変わります。勤怠に特化していえば、PCログを取得する目的はPC稼働の始点と終点を獲得することです。

一方で実際に各日の詳細を見ればPCが全く稼働していない時間を取ることもできます。ただ、これらの非稼働時間を労働時間から控除している会社はほとんど見かけません。
PCログの始点と終点の差分を勤務とするなら理論上ノンアクティブな時間はすべて控除可能といえますが、非稼働時間を控除すると、PCログだけが勤務実態ではない、という逆説的な論点が立ち上がってしまうからです。この点、会社側は許容範囲であれば控除しない、という対応をとることで余計な論点を省いているともいえます。

したがって、やることとしては、まずは始点のログを何にするのか、終点のログを何にするのか?についてPCのOSバージョンや監視ソフトのログのつけ方によって設定ルールを検討することになります。

なお、勤怠に関するPCログについては概ね以下のようなログが存在します。(私の個人的な認識です。)

イベントログPCの状態
起動電源オン
シャットダウン電源オフ
スリープ省電力モード
画面ロック画面の電源オフ
アクティブ操作画面に何らかの入力がされている状態
ログオンWindowsログオン、またはPC監視エージェントの起動
ログオフWindowsログオン、またはPC監視エージェントの終了

これらのイベントログとは別に、PC側の挙動設定では、

・ノートPCのカバーを閉じたら画面の電源を切る
・15分経過したらスリープ状態にする
・操作なく15分経過したらスクリーンセーバーを起動する

などのように、PC側のアクションに対する挙動の仕方を設定をしておく必要があります。自社のセキュリティポリシーや、ログの残し方としてPC側の設定をどうするかというところがひとつの勘所になります。

【4】勤務実態とPCログを照合する場合の注意点

PCログ監視システムを導入する

ローカルPCのログは、前述したようにたくさんのイベントログが発生する上、PCメーカーや、OSのバージョンによってログの取り扱いが変わるため、自力で調査するのはまず不可能だと思います。
IT資産管理ツールやログ監視システムを提供している専門の会社に相談のうえ、自社にあったツールをご検討いただければと思います。

PCログは稼働の始点と終点をとるのがセオリー

PCログと勤怠データの突合を行う場合は原則として1日のPC稼働の始点と終点のログを獲得し、勤怠データの業務開始・終了と突合するのが妥当だと思います。
その誤差については個人的には各日において15分~30分程度以内と考えています。

本来は「操作がない場合は1分でスクリーンセーバーが動く」にしておけば勤怠突合ログとしての精度は高まります。しかしながら、少し手元を見て資料をチェックしてたらすぐにスクリーンセイバーになってしまっては仕事になりませんので、この点は業務内容によって検討すべきだと思います。

労働基準法では午前0時をまたぐ勤務は継続一勤務となる

PCログの特性として終点が0時をまたぐ場合は、翌日扱いとなります。一方、労働基準法では0時またぎの勤務は一勤務として考えます。実態乖離を確認する場合は、こうした特性の違いも考慮しなければなりません。
例えば、深夜1時まで勤務した場合、労働基準法では終点となりますが、PCログとしては翌日の始点となってしまいます。
このパターンが多いと乖離値が膨大な値となり、突合データとしてはまったく使い物にならなくなります

Windowsシャットダウン時に更新誤差が発生する場合も

Windowsはシャットダウン操作をした後に、OSのアップデートが入る場合があります。このため実際にシャットダウンしたつもりが更新エラーなどにより終了ログに誤差が出ることも少なくありません。

著しい誤差が出ている場合は中身を精査する

勤怠データと突合のうえ著しい誤差が出た場合には、その日の業務内容のヒアリングPCログの精査などを行い勤務実態の確認を行い適宜補正していきます。このときに上記PCログと勤怠データの性質の違いについてもよく理解しておく必要があります。

【5】過去勤務債務の精算にPCログは使えるのか?

実際にはローカルPC上の稼働ログはそれほど残っていない

Windowsのイベントログはデフォルトの設定では、「1種類のログにつき、それが20MB以上になると古いイベントを上書きされる」となっており、もっといえば手動で消去もできます。私も、試しにイベントビュアーでログオンイベントを掘り返してみたところ、ローカルPCのログは3か月程度しか残っていませんでした。

PC側の設定がいい加減だとログの信ぴょう性は下がる

また、PCに対する従業員側の運用ルールも周知徹底しておかないと、単に乖離ばかりが出る結果になりかねません。PCの稼働ログをより勤務実態に近づけるためには、PC側のスリープ動作やスクリーンセーバーの動作を、会社として統一的に設定しておく必要があります。

過去勤務債務の精算は経験値の高い社労士に相談を

このように、過去勤務債務の精算をする場合にPCログを掘り返して比較参照するという試み自体はやる価値がありますが、3か月程度のいい加減なPCログしか出てこなかったり、PCをとっかえひっかえいろんな人が使っている場合などは全く使い物になりません。しかし、IPO(上場)の労務審査においては最大で過去3年分の勤務実態調査を行い、精算する必要に迫られます。このため、別の方法によって過去の勤務実態を推定していくような手法を検討しなければなりません。こうなると経験値の高い社労士に相談のうえ貴社ならではの最適解を模索していくしかありません。

【6】自社の勤務形態に合った「働き方のガイドライン」を作成する

勤怠データとPCログの突合せを行う場合は、就業規則を整備するだけでなく、自社の勤務形態に合った「働き方のガイドライン」を作成することをお勧めします。

PCの設定やPCを使った業務の開始方法、終了方法(必ずノートPCのカバーを閉じる)について、自社のIT部門とも相談のうえ設定や運用ルールを決め、勤怠管理システムと整合性のとれた統一的運用ができるようしっかりと準備していきましょう。


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佐藤 貴則

この記事を書いた人

佐藤 貴則

株式会社エスティワークス 代表・特定社会保険労務士
明治大学卒業後、上場メーカーにて勤務。 最前線において管理職(ライン課長、プロジェクトマネージャー等)を歴任し、現場のマネジメントにあたる。平成16年に社会保険労務士資格を取得。その後、独立して株式会社エスティワークスを設立。平成18年に新たに開始された特定社会保険労務士制度 第1期合格のうえ付記。中小企業を中心に社内規程の整備、労務管理のコンサルティングを行う。 また、IPO(上場)労務分野に強みを持ち、これまでに大手アパレルEC系ベンチャー、AIベンチャーなど日本を代表する30社以上のベンチャー企業のIPO(上場)支援実績がある。